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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1306号 判決 1966年12月22日

控訴人 (資)平野機械製作所 外四名

被控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人合資会社平野機械製作所および控訴人平野勝之助の各当

審における新たな請求を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、被控訴人が昭和二一年頃控訴会社所有の横浜市中区池袋一二番の一山林一五七坪および控訴人平野において後日所有するに至つた同所一一番山林五九六坪の北方上部隣接地に米駐留軍用地を造成するにあたり、右山林と軍用地との間に「石垣を構築したこと、被控訴人は右軍用地の宿舎から排出される汚水を処理するために、右山林付近に汚水槽およびこれに通ずる土管を地中に設置したこと、前記石垣中央付近に直径約三〇糎の孔がもうけられたこと、昭和三三年九月二六日第二二号台風の通過直後前記一二番の一山林の一部約四〇坪が崩壊して土砂が流出したことはいずれも当事者間に争いがない。

しかして右崩壊部分を含む控訴会社および控訴人平野所有の各山林、前記軍用地の地形と両者間の地理的関係、右崩壊個所および崩壊の状況については、原判決理由中二の(一)および(二)において認定されたとおりであるから(原判決一五枚目裏七行目から同一七枚目表一〇行目まで。但し、流出した土砂量が約三六五ないし三八六立方米とあるのを約四〇〇立方米と訂正する)、全部これをここに引用する。

二、そこで次に本件山林崩壊の原因について検討する。

(一)  先ず控訴人らは、被控訴人は本件軍用地を造成するにあたり前記石垣を構築したが、その際控訴会社および控訴人平野所有の前記山林内に捨土、盛土をしたために右山林の斜度が急角度となると共に表土が脆弱となり、また被控訴人は同山林内の樹木を檀に伐採したと主張する。

しかしながら、右主張に符合するかにみえる原審証人渋谷磯次郎および当審における控訴人平野本人の各供述部分は、いずれも甚だ曖昧であつてそれ自体信用に値せず、しかも控訴人平野本人は原審で、右捨土、盛土がなされたのは本件山林上部の西方にあたる舗装道路側であると供述しているばかぬでなく、原審証人富川吉郎、同長野尚友の各証言および原審鑑定人山門明雄の鑑定の結果によれば、被控訴人は前記石垣を構築するにあたり、先ず一一番山林上部に接する丘陵を切り崩すと共に、平均五〇ないし六〇糎根掘りして取土した後基礎コンクリートを打ち込み、その上に間知石を積み上げてそこに盛土したことが認められるけれども、控訴人らの主張のように前記山林内に捨土、盛土をしたこと、更に又被控訴人が右山林内の樹木を伐採したことを認めるに足りる証拠は何等存しない。

(二)  次に控訴人らは、右軍用地造成による地形変化のために、従来丘陵の反対地区に流下していた雨水が前記控訴会社及び控訴人平野所有山林内に流れ込むようになり、又前記石垣によつて画された軍用地内の第四〇七、四〇八号住宅敷地内には雨水の排水溝がなく、且つ石垣中央付近の排水孔から多量の雨水が放流されたと主張する。

成程前記第四〇七、四〇八号住宅敷地内には雨水の排水設備(排水溝)がなかつたことは原審鑑定人山門明雄の鑑定の結果により明らかであるが、原審および当審裁判所の検証の結果、右鑑定人山門明雄の鑑定の結果によると、右住宅敷地に降つた雨は通常同敷地の西側にある前記舗装道路方向に流れ、右道路の側溝を通つて本件山林の西方に排出されるのであり、ただ降雨量が多く、一日につき三〇耗をこえるようなときには右道路の側溝から溢れた雨水が本件山林内に流れ込むことが窺知されるけれども、本件軍用地造成に伴う地形の変化によつて、降雨量の如何にかかわらず雨水が従来の流下方向を変えて特に本件山林内に集中して流れ込むようになつたことを肯定するに足りる証拠は何もなく、又原審鑑定人山門明雄、同大竹茂の各鑑定の結果、原審証人梅村清の証言によれば、前記石垣中央付近にもうけられた孔は、右石垣内部地下にあつたボイラー室に通ずる換気孔であつて、若干の暖房用還元水が石換気孔を通つて石垣下に流れていたことが認められるにとどまり、控訴人の主張するように右換気孔から多量の雨水が放流されていたとは到底認め難い。

(三)  さらに控訴人らは、被控訴人は本件軍用地内の宿舎数十戸から排出される汚水処理のために、前記控訴会社及び控訴人平野ら所有山林内に浸透式汚水槽とこれに通ずる土管を設置し、多量の汚水を右山林斜面に浸透させたと主張する。

<証拠省略>の結果によると、被控訴人は、前記第四〇八号住宅一棟二世帯の汚水を処理するために、前記一二番の一山林の西北部に接する控訴会記所有の池袋一三番の一山林内に浸透式汚水槽および前記石垣下から右汚水槽に通ずる土管を地中に設置して前記住宅からの汚水をここに放流させたこと、本件山林付近の地層は第三紀の三浦層群に属する逗子泥岩層(極めて透水性が低い)の上に一米ないし四米の層厚で関東ローム層(非常に透水性が高い)が覆つているところ、右汚水槽はその底部が泥岩層上にあり、直径は二米余、煉瓦積みでその周囲を約二〇糎の砂利で裏込めし、その大部分が地中に埋没していたものであるが、右のようにその底部を硬い泥岩層上に設置したために、むしろ浸透式汚水槽としての機能は殆んど失われ、汚水は汚水槽の上部から溢れて一三番の一山林西方(本件崩壊斜面の反対方向)に流れることが多かつたこと、もつとも汚水槽の底部若しくは槽壁から外に浸出し、或いは又汚水槽上部から溢れた汚水が、或る程度本件崩壊斜面の地中に浸透したであろうことは否定できないにしてもその量は左程多くはなかつたこと、以上の各事実が認められる。原審鑑定人大竹茂の鑑定の結果によると、右汚水槽から地下浸透水があり、それが永年の間に蓄積されて毎時二五、五粍の雨量に相当する水がローム層に含溜されて汚水槽の下部および付近の地盤を液性状態にしていたというのであるが、右鑑定は、右汚水槽の構造、汚水槽からの浸透水及び地下含溜水の量、汚水槽とその付近の地盤、地質との関係等について納得できる説明を欠き、到底これを採用することはできないし、そればかりでなく、証拠保全および原審における検証の結果、原審鑑定人山門明雄の結果からうかがわれるように、右汚水槽と崩壊個所との間の約一、二五米の土砂は全く崩れておらず、又汚水槽自体も傾いていないことは、前記認定の正当性を裏付けるものというべきである。

また控訴人らは、右汚水槽以外にもう一つ別の汚水槽が崩壊斜面に設置されていたと主張し、原審証人渋谷磯次郎、当審証人浅尾正雄の各証言中には地右主張に沿う部分がみられるけれども、原審証人梅村清の証言と対比すると直ちに信用できないし、他に右主張事実を肯定するに足りる証拠はない。

(四)  そこ、既述の本件山林付近の地形、崩壊個所およそその状況、前記(一)ないし(三)において検討した諸般の事情、<証拠省略>の結果を総合して本件山林の崩壊の原因を考えてみるに、横浜地方においては、昭和三三年九月二二日以降同月二五日までの間の約七九、二粍の降雨に引続き、翌二六日の第二二号台風に伴う約二八七、二粍の集中豪雨(横浜地方気象台開設以来最高の雨量である)が襲い、本件崩壊場所である一二番の一山林の南西斜面には両側尾根からの雨水が集中流下した外、前記第四〇七、四〇八号住宅敷地を含む軍用地に降つた雨が一部そのまま前記石垣下に流れ、或いは又同敷地西方の舗装道路の側溝から溢れて右石垣下の小路を経て右同斜面に集中流下して地中に浸透した結果、同斜面の土の単位体積重量および土中の間隙水圧が急激に増加したことにより、ローム層と泥岩層との間の土の内部摩擦力を低下させたために、同斜面上部約四〇坪の部分が最大傾斜線に沿つて底なだれ状に崩壊するに至つたものと認められるのであつて、要するに、右崩壊はもつぱら右の如き異例の集中豪雨に基因するものというの外はない。控訴人は、被控訴人が第四〇七、四〇八号住宅敷地内に排水溝を設けなかつたこと、或いは又被控訴人が右山林内に汚水槽を設置して汚水を放流させたこと等が、二二号台風の豪雨と相まつて本件崩壊の原因をなしているというけれども、右汚水槽から本件山林内に放流されていた汚水の量はさ程多量でなく、たといその一部がローム層に含溜されていたとしても、上記認定の事実関係からすれば、本件崩壊に対し敢えて問題とするに足る程の影響力はなかつたものと考えられるから、本件崩壊が右汚水槽の設置保存上の瑕疵に基くものであるという控訴人の主張は理由がなく、又、前記軍用住宅敷地内に排水溝を設けなかつたとしても、さきに認定した通り、軍用地造成に伴う地形の変化により同軍用地から本件山林へ流下する雨水-の量が特に増えたわけでもなく、一日三〇粍程度の雨量であれば舗装道路の排水溝により右軍用住宅敷地内の雨水はすべて本件山林内に排水されるようになつていたのであるから、たまたま二二号台風の豪雨に際し、右軍用地内に降つた雨水の一部が本件内に流下し、それが本件崩壊に対しある程度の影響力を持つたとしても、これを以て控訴人らのいうように軍用地の排水設備に瑕疵があつたとすることは相当でない。その控訴人ら主張の盛土及び捨土、樹木の伐採、石垣中央附近の排水孔からの雨水の放流、前認定の汚水槽の外なお一個の汚水槽設置の事実等をいずれも認め得ないことは上記の通りである。してみれば、本件崩壊が被控訴人の設置した工作物の瑕疵に基くものであるとする控訴人らの主張は到底これを肯認することができないのである。

三、以上のような次第であるから、本件山林の崩壊によつて控訴人らが如何なる損害を豪つたかについて判断を加えるまでもなく、控訴人に対してその原状回復および損害賠償を求める本訴請求はすべてその前提を欠くことになつて失当と云うべきである。控訴会社及び控訴人平野は右請求の外に、被控訴人が同控訴人ら主張の汚水槽二個を同控訴人らに無断で設置したのは不法行為であるとし、土地の資料相当額の損害賠償を請求するけれども、当審検証の結果によると、控訴会社所有の池袋一〇番、同所一二番の一、同所一三番の一、及び控訴人平野所有の同所一一番の各土地(土地の所有関係は当事者間に争いがない)はその大部分が丘陵の尾根及び斜面からなり、ふもとの小部分が平担地となつていること、ふもとの平担地を除く尾根及び斜面の部分は地形上建物の敷地には勿論耕作にも適しないこと、さきに認定した被控訴人設置の汚水槽一個は右斜面の中腹に位置し、従つてこの汚水槽から汚水が附近の斜面に浸透又は流出するこがあつても、そのためにふもとの平担地の利用に支障を来たすようなことはないことがそれぞれ認められるばかりでなく、原審及び当審における控訴人平野本人尋問の結果によると、控訴会社及び控訴人平野らにおいて右の尾根及び斜面の部分を建物の敷地ないし耕作等に使用する計画をたてたことは未だかつてなかつたことが窺知できるから、いずれにしても同控訴人らが被控訴人の汚水槽設置により前記土地の利用を妨げられ損害を豪つたものとは到底認めることができず、従つて同控訴人らの右請求もまた失当というの外はない。よつて、原審裁判所が、控訴人らの請求のうち控訴会社において前記汚水槽と付属土管の撤去を求める部分以外の請求を失当として棄却したのは相当であつて(なお成立に争いのない乙第六号証および当裁判所の検証の結果によると、被控訴人は昭和三九年一〇月頃右汚水槽および土管を撤去したことが認められる)、控訴人らの本件控訴および控訴会社、控訴人平野の当審における新たな請求はいずれも理由がなく、棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 小野沢竜雄 斎藤次郎)

目録一、二<省略>

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